命の霊の法則によって勝利を得る生活をする

メッセージ 5
命としての三一の神を
三部分から成る人の中に分与する
聖書:創1:26.2:7.ローマ9:21, 23.8:10, 6, 11.10:9-13
一. 神の究極の目的は,ご自身をわたしたちの中に造り込んで,彼がわたしたちになり,わたしたちが彼になるまでに至ること,彼とわたしたちが命,性質,かたちにおいて同じになるまでに至ることです――ヨハネ1:12-13.2ペテロ1:4.IIコリント3:18:
  A. 神のエコノミーは,ご自身を人とならせ,彼が創造されたわたしたちを,命と性質において神の子供たちとならせ,彼が「人化」されたのは,わたしたちを神格においてではなく命と性質において「神化」するためです。彼は「人化」された神であり,わたしたちは「神化」される人です:
    1. 神は来られて人と成り,受肉によってご自身を「人化」しました――ヨハネ1:1, 14。
    2. 今や神はわたしたちに彼の命にあずからせ,わたしたちを「神化」することができます――3:15。
    3. このようにして,神とわたしたちは一になり,一つの命と一つの生活にあずかります――6:57。
  B. わたしたち,神の子供たちは,神によって再生されて,神の命と性質を持ち,こうして神と同じになります。最後に,神とわたしたちはみな神・人になります――ローマ8:29.ヘブル2:10-11。
二. 三一の神は三部分から成る人を創造し,命としての彼を入れる生ける器としました。それは,彼が人性の中でご自身を表現するためです――創1:26.2:7.ローマ9:21, 23:
  A. 聖書の基本的な教えは,わたしたちが神のかたちに創造された器であり,神を受け,神を入れ,神と一になるということです――IIコリント4:7。
  B. 人が神のかたちに創造されたのは,命としての神を受け,命としての神を入れ,命における神の複製,複写となるためです――ヨハネ12:24。
三. ローマ第8章は,聖書の中で最も深遠な章と言うことができます:
  A. この章が深遠であるのは,神が三一(父,子,霊)であり,三一の神がご自身を,わたしたちの三部分から成る存在の中に造り込んでいるという啓示においてです――11節。
  B. わたしたちがローマ第8章で見るのは,神格の三一であり,三一の神が経過した手順であり,わたしたちの霊的な経験の明確な展望です――2-30節。
四. 神聖な啓示の中心路線は,神のエコノミーと神の分与を明らかに示すことです。神の分与とは,ご自身をわたしたちの中に置いて,内なる命の法則とすることです――Iテモテ1:4.エペソ3:9.ローマ8:2.ヘブル8:10:
  A. 手順を経た三一の神は,今や究極的に完成された,すべてを含む霊であり,法則としてわたしたちの中に入りました――ローマ8:2。
  B. 命の法則によるその霊の働きを通して,神聖な命の豊富がわたしたちの中に分与されます。
五. ローマ第8章は,どのようにして三一の神(父,子,霊)がご自身を命として,わたしたちの三部分から成る存在(霊,魂,体)の中に分与するかを明らかに示しています――2, 6, 10-11節:
  A. 11節には,三一の神と,彼の分与のために必要な手順と,ご自身を命として信者たちの中に分与することがあります。
  B. 10節,6節,11節を一緒にすると,わたしたちの霊が命であることと,霊に付けられたわたしたちの思いが命であることを見るだけでなく,この命がその霊を通してわたしたちの死ぬべき体に与えられることをも見ます:
    1. 三一の神がわたしたちの霊の中に分与するのは,その霊が命としてのキリストをもって(コロサイ3:4),わたしたちの霊を再生し(ヨハネ3:6),わたしたちの霊を命とすることによってです――ローマ8:10。
    2. 分与する神は彼の分与を,わたしたちの魂の主導的な部分である思いに拡大し,わたしたちの魂を命とします――6節。
    3. 手順を経た三一の神の三一の分与は,内住の霊が,わたしたちの魂を経過して,わたしたちの体の中に命を分与することによって,さらにわたしたちの死ぬべき体の中に浸透します――11節。
    4. 神聖な分与は,わたしたちの三部分から成る存在(霊,魂,体)に浸透して,すべての部分を生きたものとし,わたしたちを三つの部分すべてにおける死から救います。
六. 命としての三一の神をわたしたちの三部分から成る存在の中に分与することは,彼の義に基づいており,彼の聖を通してであり,彼の栄光に至ります――1:17.8:10.6:19, 22.8:18, 21.9:23:
  A. 三一の神の分与は,神の義に基づいています――5:17:
    1. ローマ人への手紙で,義は神の分与の基礎です――8:10。
    2. キリストの死の目的は,神の義の要求を満たし,神がご自身を命としてわたしたちの中に分与することができるためでした――3:21, 25-26。
    3. 神の義は,キリストの死とわたしたち自身の死を要求します。神聖な分与を経験したいなら,わたしたちは神の御前で,十字架につけられた地位に立たなければなりません――6:6。
  B. 三一の神の分与は,彼の聖を通して起こります――1:4:
    1. 神の聖は彼の分与の過程と関係があります。
    2. キリストの死は義のためですが,キリストの復活は聖のためです:
      a. 聖別は復活の過程を通して起こります。
      b. 復活したキリストは,わたしたちの中に入って来る時,彼の聖をわたしたちの中に分与します。
      c. わたしたちの内側の復活したキリストは,わたしたちを生かす聖の要素です――6:19-23。
  C. 三一の神の分与の結果は,栄光,すなわち神の表現です――8:18, 21:
    1. 神の分与の目標は,栄光,すなわち,召会の中での神の表現です。
    2. 命としての三一の神を分与することの究極の目標は,神がキリストのからだを通して表現されることです――エペソ3:16-21。
    3. ローマ第8章における神聖な分与の経験と享受は,ローマ第12章のからだの生活を生み出します。
七. 命としての三一の神の分与を経験する道は,わたしたちの全存在を主に開いて,彼の御名を呼び求めることです――10:9-13:
  A. クリスチャン生活で,自分を主に開き続け,主の御名を呼び求めることによって,絶えずその霊を受け続けることほど重要なことはありません――ガラテヤ3:2, 5.ローマ10:13。
  B. わたしたちは主を愛し,自分を主に開き続け,主がなしたいすべてのことを行なう機会を主に与える必要があります――マルコ12:30.Iコリント2:9.エペソ3:16-17前半。